統一戦線義勇軍
統一戦線義勇軍 議長 針谷大輔のブログ

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大東亜戦争の意義を継承する3

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横須賀を拠点とした反米行動は、私が議長に就任してから始めた「自衛隊解体、国軍創設運動」の一環であり、既に20年近くになろうとしている。(※それにしても、長く議長をしてしまっている。30才で交代を前提としていた筈なのに、クリントン来日反対闘争がきっかけで、数年拘束されたのが痛かった。パクられ後人に譲れば、転向したと思われると思い、時期を逸した訳である)我々のこの義勇軍的ゲバルトスタイルも、もう横須賀の街では見慣れた風景となっている事だろう。
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今回のデモ、街宣車を使わずハンドマイクのみでやってみようと試みてみた。という事で先頭に日の丸→ハンドマイク(スポット要員)→横断幕→軍旗→デモ隊という順番(最後尾に、集会に駆け付けてくれた同血社の街宣車に付いて貰ったが)。前方に街宣車が付かない事でスッキリした布陣になったのではと思う。ただ横須賀のメインストリートは良かったとして、片側3車線の国道16号ではハンドマイクでは音量的に心もとなかったが、、まあ良い経験が出来た。
さてデモ隊はシュプレヒコールと共に米軍ゲート前へ進む。
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またもゲート前の信号機は国道だというのに操作され、我々が突入しないように青のまま(ゲートに渡る横断歩道は赤だ)幾度も突入し機動隊と激突している事から、国道にも関わらずなりふり構わない神奈川県警なのであろう。
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「ヤンキーゴーホーム!」「我々は広島長崎を許さないぞ!」と基地側に向きをかえ、約30名の同志が一丸となり怒涛のシュプレヒコールを浴びせる。
ここからは若手主体のスポットへ。
金友同志、同血社の中村同志、一水会の岩上、山口同志、そして我が軍の村田同志がスポット、シュプレヒコールを先導し、横須賀メイン通りをデモ隊は進む。
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午後4時、横須賀市役所前公園で解散。
今回の集会デモ、とても有意義な運動が出来たように思う。
解散後我が軍を主体とした一団には、ただこの後が…→続く
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大東亜戦争の意義を継承する2

→8日夜、伊勢原にて美味しい酒を頂く。
現在新風の要職を勤める藤田氏は、昔からお世話になっている数少ない方の一人。私が広島から戻って来た時などは「運動で必要だろう」からと、街宣車を譲ってくれた程である。
毎年年末、伊勢原に足を運ばせて頂き、美味しいお酒をご馳走になっている。
今年もまた、池子闘争の時の昔話などで盛り上がり、楽しいひと時を過ごさせて頂いた。感謝。
さて明けて9日、前日の酒も何知らず、早朝よりデモの準備に取り掛かる。
時間が無く準備を怠っており、なかなかあくせくとやるべき用意をする。
とはいえ集会開始の30分前の午後1時過ぎには、何とか横須賀ヴェルニー公園に到着。
午後1時半、村田文吾同志司会のもと「12、9大東亜戦争開戦を記念する反米集会」が始まる。
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国民儀礼の後、連帯のアピールへと、
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ふと眼前の海を見ると、またも米軍の警備艇が出動しビデオを回している。
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米軍の挑発的な監視体制の中(途中もう1隻出現する)同志達が「大東亜聖戦の意義を継承せよ!」と訴えて行く。
米軍の警備艇の出現もあり気分はヒートアップ!
長年の同志鈴木信行同志の熱い訴えの後、
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私も池子米軍住宅建設闘争の意義、そして座間第一軍団司令部移転の阻止を訴え、「我々は民族の前衛として大東亜聖戦の意義を継承しなければならない!」と檄を飛ばした。
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集会後、米第七艦隊基地ゲート前に向け、義勇軍カラーである「緑」のヘルメットを先頭に我がデモ隊は出発。
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DSC02024.JPG→続く
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